Kanon・AIRリレー小説第4集
どうも路線変更らしい。
俺こーいうの書けないんですけど?(笑)
この辺りから俺とKが真っ向から対立します。
だって名雪×祐一の関係壊そうとするんだもん。
よって俺は名雪防衛線を張ることに。
彼女のシアワセを壊すことは上が許しても俺が許しません(笑)

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第9話 凄まじき朝
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
「ぴこ〜、ぴこぴこ〜・・・」
「どわーーー!!!な、なんだ!?」
俺は辺りをきょろきょろと見まわす。
・・・何もいない。
「ぴこぴこ〜ぴこぴこ、ぴっこ〜ぴこぴこ〜・・・」
この声?は・・・ポテト・・・
そ、そういえば・・・
思い出して、枕もとに置いておいた録音機能付きの目覚し時計を止める。
カチッ
よし。
布団から出るには寒すぎる。
しかし、今日は終業式。
明日からは念願の冬休みだ。
気合を入れて、起き上がる。
でも、やっぱり寒い・・・
素早く布団の中で温めておいた制服に着替えて、廊下に出る。
ガチャ・・・
「おっと、忘れ物忘れ物〜♪」
目覚し時計を手に取り、いざ一階へ!
リビングでは、ぐっすりと往人が眠っている。
気持ち良さそうだ・・・
やっぱり、規則正しい生活が一番だ。うむうむ。
よってこれから、往人君のお目覚めタ〜イム!
俺は、往人の枕もとにポテトの声?を録音した目覚し時計を仕掛ける。
・・・・・・・・・・・・
セット完了。
素早くソファーの陰に隠れる。
しばらくして・・・
「ぴこ〜、ぴこぴこ〜・・・」
「・・・う〜ん・・・」
往人は起きない。
だが、確実にダメージは受けているようだ。
「ぴこぴこ〜ぴこぴこ、ぴっこ〜ぴこぴこ〜・・・」
「・・・く、くそ〜・・・逃げるな・・・」
何が逃げてるんだ?
「ぴこ〜、ぴこぴこ〜・・・」
「・・・うう・・・」
「ぴこぴこ〜ぴこぴこ、ぴっこ〜ぴこぴこ〜・・・」
「・・・ぐはっ・・・」
実に苦しそうだ。
しかし、まだ起きようとはしない。
すごいぜ・・・往人。
一体どんな夢を見ているんだ?
「ぴこ〜、ぴこぴこ〜・・・」
「・・・う、うわあぁ〜・・・」
そろそろ限界か?
「ぴこぴこ〜ぴこぴこ、ぴっこ〜ぴこぴこ〜・・・」
・・・・・・・・・・・・
「・・・だあーーー!!!いい加減、その不気味な踊りをやめんか!!!子供が逃げるだろうが!!!!!」
ガバッ、と勢いよく飛び起きた往人はかなりの興奮状態にあった。
汗が滝のように流れている。
俺は、そっと目覚し時計を止めて、後ろ手に隠す。
「おはよう、往人。悪い夢でも見たのか?」
「・・・おはよう・・・とんでもない夢だった・・・」
「・・・正夢になるかもな」
「・・・やめてくれ・・・昨日の悪夢のような出来事が・・・なんで夢の中まで・・・まさか・・・今日もなのか?・・・」
プククククッ・・・楽しい・・・楽しすぎる・・・
頭を抱えて苦しんでいる往人を尻目に、二階に戻る。
目覚し時計を置いて部屋を出る。
そして、名雪の部屋へ。
・・・そういえば・・・目覚し時計の音が聞こえてこないな・・・
いつもなら、家中に響き渡るような轟音が聞こえてくるのだが・・・
「名雪。入るぞ・・・」
そう言ったとたん・・・
「ぬあにぃぃぃーーーーー!!!!!」
下から凄まじい叫び声が聞こえてきた。
往人の声だ。
慌ててリビングに行き、俺は絶句した。
「な・・・・・・・・・」
名雪・・・・・・何でおまえが・・・
俺の存在に気づいた往人が、顔を真赤にして慌てた。
「ち、違うぞ祐一。これは何かの間違いだ・・・本当だ・・・ウソじゃないぞ・・・」
往人の足下の布団に、丸くなって寝ている名雪・・・
さっきは全く気づかなかった・・・
「そ、そうか・・・お前達・・・そういう関係だったのか・・・」
「ち、違うと言ってんだろ!!!」
「フッ・・・いいさ・・・別に・・・」
「おい!ちょっと待て・・・」
往人が俺の腕をぎゅっと掴んだ・・・
その時。
「・・・う〜ん・・・往人さん・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
俺達は暫し無言で、幸せそうに眠る名雪を見つめていた。
「・・・だ、そうだぞ・・・往人」
「・・・はあ・・・あのな、祐一・・・俺は何も知らない。今、名雪がここにいることを知ったんだ。」
「・・・そういう事にしておこう」
「だー!ちょっと待て!名雪に訊けばいいだろ!」
「別にいい。俺と名雪は幼馴染で、今は俺がここに居候していて、一緒に暮らしているにすぎない。それ以上の関係はないからな。」
「・・・ほんとだな?」
「・・・ああ、ほんとだ」
「よし・・・」
往人は、ニッと笑うと名雪と一緒に布団に包まった。
中でごそごそと何かをしているようだ・・・
おそらく、俺が止めに入ると思っているのだろう・・・
甘いぜ・・・往人・・・
俺は傍観を決め込んだ。
そして、事態は往人に不利な方向へと進んでいった。
「ねー、さっきの騒ぎ、何?何?」
興味津々で現れるカエルプリントのパジャマを着た真琴。
「あらあら。朝からご近所に迷惑よ」
幼い子供を優しくたしなめるように登場する秋子さん。
一家勢ぞろいである。
さらに・・・
「うぐぅ。この漬け物美味しいよ〜」
「・・・・・・おいしい」
なぜかこの家で朝食を食べているあゆと舞。
「今日の朝ご飯は何かなぁ〜」
「うむ。たのしみだな」
なぜか勝手にあがり込んで来た霧島姉妹。
しかも、この家で朝食までいただこうという気だ。
全員の視線が、ごそごそと怪しく蠢く布団に集中される。
「うぬぬ・・・何かな、何かな?・・・お姉ちゃん・・・怪しさ大魔神だよぉ〜」
そりゃたいへんだ・・・
「う〜ん・・・切ってみるか・・・」
聖さんはポケットからメスを取り出した。
「ちょ、ちょっと待った。あぶないだろ・・・」
「冗談だ」
・・・・・・・・・・・・
「・・・おい・・・舞・・・剣をしまえ・・・」
舞の表情に変化はない。だが、どこか残念そうに見えた。
ざわざわと騒がしい中、往人はひょっこりと布団から頭を出した。
・・・そして、固まった。
この後、更なる悲劇が往人を襲った。
ごそごそと布団から這い出て来る名雪。
眠気眼を擦りながら、往人に向かって一言。
「・・・よかったね・・・往人さん・・・」
往人が白目をむいた・・・危険だ・・・恐い・・・
「あらあら。まあまあ・・・」
のほほんと右手を頬にあてながら見ている秋子さん。
対照的に・・・
「・・・おのれ・・・国崎往人・・・貴様というヤツは・・・ゆるさーん!!!」
聖さんの手にはメスが4本。
「ち、ちがーーーーーう!!!!!誤解だーーー!!!」
往人の声は届かなかった。
水瀬家が戦場へと変わる。
リビングに往人と聖さんを残して、俺達はダイニングへと避難する。
名雪に往人と何があったのかを訊いてみる。
「・・・へ?わたしと往人さんが寝た?・・・う〜ん・・・覚えてないよ・・・」
「覚えてない?さっき、『・・・よかったね・・・往人さん・・・』って言ってたのは?」
「あれは、夢で往人さんの人形劇が大繁盛だったから、よかったねって・・・」
紛らわしい・・・実に紛らわしい・・・
「確か昨日・・・往人さんにいろんなお話してもらって・・・それで往人さんが途中で寝ちゃって・・・それでわたしも寝ちゃったのかな・・・」
「・・・寝ちゃったのかなって・・・お前な・・・」
往人も往人だ。話をしてるヤツが途中で、先に寝るなっての・・・
「・・・・・・じゃあ・・・往人さんとは・・・なにもなかったんだ・・・」
舞が頬を朱に染めながら名雪に訊く。
「う、うん・・・別に何も無かったけど・・・」
「・・・舞・・・お前今、変な想像しただろ」
ぽかっ
伝家の宝刀、舞チョップが俺の額に炸裂する。
「ぐはっ・・・と、とにかくだ・・・これで往人が無実だとわかったわけだ・・・早く助けてやらないと・・・殺されるぞ・・・」
戦場では相変わらず、激しい火花が散っていた。
「じゃあ、往人君を助けるよぉ〜」
佳乃が元気に意気込む。
むんずっとポテトを鷲掴みにし・・・そして・・・
「超〜核弾頭搭載小型ポテトロケットォ〜はっしゃ〜!!!」
「ぴこ〜〜〜ーーーーー!!!」
投げようとする。
「だあーーー!!!ちょっと待て!!!」
慌てて佳乃を止める。
「うぬぬ・・・はっしゃ失敗だよぉ〜」
「ぴ、ぴこ〜」
がっかりする佳乃と、ホッとするポテト。
いくらなんでも危険だろ・・・それは・・・
「・・・しかし、どうすれば・・・?」
舞が剣を構えながら、戦場へと赴く。
「ま、待て!舞」
「・・・・・・大丈夫」
何を根拠にそんなことを言っているかはわからない。
舞の剣技がすごいのは俺もよく知っている。
しかし・・・
あ、あれ?舞がいない・・・
舞は既に、戦場の真っ只中にいた。
一瞬のうちに、聖さんの懐にするりと潜り込み・・・
ドンッ
剣の柄で気絶させた。
・・・すごい。
「た・・・たすかった〜・・・」
へろへろと力なく床に倒れ込む往人。
すぐに、舞が聖さんを起こす。
「・・・う、う〜ん・・・私は一体、何を・・・」
我を忘れていたようだ・・・危険極まりない。
すぐさま事情を説明する。
それで、事件は解決した。
「いっけんらくちゃくぅ〜。よかった、よかったよぉ〜」
佳乃が元気にはしゃぐ。
「そうね・・・」
秋子さんが微笑む。
だが、心なしか困っているようだ・・・
「・・・でもね・・・早く学校に行かないと、遅刻するわよ」
暫しの沈黙。
壁に掛けてある時計に目をやる。
・・・・・・・・・・・・
「8時過ぎてるーーーーー!!!」
俺と名雪とあゆは叫んだ。
「お、おい!名雪。さっさと制服に着替えろ!」
「う、うん・・・でも、朝ごはん〜」
「そんなものはなしだ!」
「そんな〜!」
「急げ!」
「わ、わかったよ〜」
「うぐぅ〜もっとおかわりしたいよ」
「バカあゆ!朝飯食ってる場合か!」
「うぐぅ、バカあゆじゃないよ!」
「はい。おかわりどうぞ」
「秋子さん!おかわり出してどうするんですか!」
「あらあら。そうね」
「うぐぅ〜おいしいよ〜」
「食ってんじゃねー!!!」
も、もういやだ・・・
「うわははははっ・・・」
「わあっ!祐一が壊れたよ」
真琴が驚く。
もういい・・・遅刻でいい・・・
「さあ、4人で仲良く学校だよぉ〜」
慌てる俺達に加わる一人。
・・・・・・・・・・・・?
よく目を凝らして、佳乃を見てみる。
昨日着ていた制服とは違う・・・この制服は・・・うちの学校の制服だ・・・ということは・・・
「・・・おい、佳乃・・・なんでうちの学校の制服着てるんだ?」
恐る恐る訊いてみる。
「佳乃りんも、今日から祐一君と同じ学校に通うんだよぉ〜。これから毎日一緒に登校だよぉ〜」
「・・・今日は終業式だぞ。つまり、明日から学校は休みだ」
「え〜!そうなの?うぬぬ・・・」
何か考え込んでいるようだ・・・でも、時間がないんだってば!
「それに、今3年だからもうすぐ卒業だろ?こんなときに転入とは・・・」
「仕方あるまい。佳乃を一人、前の町に置いてなど、考えられんことだ」
聖さんが佳乃をあたたかい眼差しで見つめる。
「・・・シスコンか」
「何か言ったか?相沢君・・・」
キラリと光るメス。
「冗談です」
・・・・・・・・・・・・?
「って、こんなことしてる場合じゃなーい!!!」
時計を見る。
・・・・・・・・・絶望的だ・・・
「俺は先に行くぞ!」
そう叫んだ時には、もう他の3人はいなかった。
外から声が聞こえる。
「祐一先行くね〜」
「うぐぅ、祐一君遅刻するよ」
「祐一く〜ん!のろまだよぉ〜!」
名雪、あゆ、佳乃の3人の声・・・
「はあ〜・・・やれやれ・・・」
俺はのんびりとソファーに座る往人に
「一緒に行かないか?」と訊いてみた。
「行っても意味ないだろ」
確かに。
「だが人はいっぱいだぞ。うまくすればウッハウハだ」
「・・・ウッハウハ」
何か考え込んでいるようだ・・・だが待てない。
「じゃあな」
「ちょっと待て。」
「なんだ?行くのか?」
「・・・行く」
「それじゃあ、はい。これ」
にこにこしながら秋子さんが往人に差し出したもの。
それは、うちの学校の制服だった。
どこからこんなものを・・・
しかも往人にピッタリだ。
「よし。いくぞ!」
「ウッハウハー!」
俺達は急いで学校へと向かった。


第9羽
「何考えてるんだ俺は…」
今更ながらに自らのアホさ加減に脱力する。
子供にウケない芸が高校生にウケるわけがない。
つい、「ウッハウハ」という単語に我を忘れてしまった。
つーか…。
「学習しろよ、俺…」
晴子の時の二の舞じゃないか。
まあ、このまま何もしないのは勿体無い。
何か芸のヒントになるようなものでも探してみるとしよう。
ポジティブシンキングというヤツだ。
幸い俺は秋子さんが用意してくれた制服に身を包んでいる。
(何故これを用意していたのかはもはや聞くまい。どうせわからないんだから。)
この格好ならどこからどう見てもここの生徒だ。
動き回るのにこれ以上適した格好はない。
とりあえずウロついてみることにする。

「お、往人。ちょうどいいところに」
しばらく歩いたところで祐一に会う。
「どうした?もう終わったのか?」
「ああ。式だけだからな。HRとかもすぐ終わった」
「ならば通知表を見せてみろ」
「…ンな物見てどうするんだよ?」
「笑ってやる」
「ほう、笑えるんなら笑ってくれ」
やけに自信たっぷりに通知表を渡す。
「………ウソだ」
「ふっ、俺を侮るなよ、往人」
「名雪のじゃないのか?」
「そんなわけあるか」
名前を確認してみるがそれは間違いなく祐一の物だった。
「何そんなに自慢してるのよ、相沢君」
「香里か…」
祐一がその声の主のほうを向く。
それにつられ俺もそちらを見る。
「そもそもそんなにいい成績じゃないでしょ」
「ほっとけ。俺にしてはいいほうだろうが」
「まあ、そうだけど」
その会話を踏まえたうえでもう一度見てみる。
…確かにさほどいいと言えるものではないかもしれない。
ただ祐一の普段の言動に比べると信じられない数字がならんではいるが。
冷静に考えれば観鈴の成績より多少いい程度であろう。
もっとも観鈴は自分の成績表を見て
『にはは。アヒルさんがいっぱいでかわいい』
とか言ってご機嫌だったが。
「で、この人が往人さんね」
気付かなかったがそこにはこの2人以外の人間もいた。
というか…。
「うぐぅ、祐一君の成績、ボクよりいいよぉ〜」
「スゴイです、祐一さん」
「うぬぬぅ、かのりんは転校したばかりだから通知表ないのだぁ」
「だあぁ!見るなぁ!」
「何言ってるのよ。もともと自分から見せてたんでしょ」
…勢ぞろいである。
ただ名雪だけがいないようだが。
「何だ?新キャラどころか全員集合して」
「新キャラってなによ?」
「…お前だ」
香里と呼ばれた人物を指差して言う。
「なんか、すごく引っ掛かる言い方ね」
「そうか?」
「別に構わないけど…。一応香里っていう名前があるから」
「で、どうした。名雪を除け者にして打ち上げでも行くのか?名雪もかわいそうなヤツだな。冷たい友達しかいなくて」
「違うわよ。失礼なこと言わないで欲しいわね」
やや語気を荒げて言い返す。
「じゃあ、なんで名雪だけがいないんだ?」
「今日は名雪がいたらダメなの。名雪がいたら驚かせられないでしょ」
「そうか!あの天然ポケポケ娘を驚かしてそのリアクションを写真にとってマニアに売ろうって魂胆だな。残念だが俺は買わないぞ。金がないからな」
「どうしてそういう考えしか出ないのよ…」
完全に呆れかえる香里。
「違うのか?」
「そんなワケないでしょ。だいたいその『マニア』ってなんなのよ」
「さあ…」
「それにあなたはお金があったら買うのね?さっきの言い方だと」
「いや、別にそういうワケではないが…」
確かにあの言い方だとそうとれなくもない。
「で、結局なんなんだ?」
「相沢君、頼むわ…。私疲れたから」
香里はそう言って祐一を呼んだ。
「やるな、往人。あの香里を落胆させるとは」
「さっさとして」
「お、おう」
やや香里の声が怒気をはらんでいる。
さすがにふざけすぎたか…。
「まあ、誕生日プレゼントを買いに行こうというワケなんだ」
「誰の?」
「話聞いてれば分かるだろ。名雪のだよ。明日名雪の誕生日なんだよ」
そういうことか。
「で、みんなで商店街へプレゼントを探しに行こうというわけだ。今は北川が名雪を連れ出している。まあ、買うものはみんな別なんだが、みんなで行けば同じ物を買うってことがなくなるからな」
「分かった。だが自慢じゃないが俺は金がないぞ」
「分かってる。だが選ぶくらいはできるだろ」
「そらそうだが…」
「だから一緒に行こうという訳だ」
「そうだよ、行こうよ。往人さん」
あゆがはしゃいで言う。
「…う〜ん。俺はやめとくよ」
「え〜っ?どうして?」
佳乃の不満の声。
「やはり俺も金を出すべきだ。名雪には世話になりっぱなしだからな」
「でもお金ないんでしょ?」
「確かに今はない。だが何とか稼ぐ。俺にはコイツもあるしな」
ポケットから相棒を取り出す。
「でもこの街に来てからは成功していないんだろう?」
祐一のツッコミは正論である。
「まあ、そうだな。だが遅かれ早かれ俺はこれで稼がなければならないんだ。ならこの機会にそれをやってやろうじゃないか」
「それでも見に行くくらいはいいだろ?」
「時間は明日まであるんだろ?それまでに稼いでくる。その後選ぶ時に付き合ってくれないか?」
「…………。」
考え込む祐一。
「相沢君、往人さんの思うとおりにしてあげましょう」
「そうですよ。祐一さん」
「分かったよ。俺たちは俺たちでやる。お前もがんばれよ」
「ああ、今回は本気だ。名雪もお前らもまとめて驚かせてやるよ」
「そうか。じゃあ俺たちは行くからな」
「ああ」
「じゃあね、往人くん。がんばってね〜っ」
手を振りながら祐一たちに付いて行く佳乃。
ってアイツは名雪と知り合ったのは昨日じゃないか。
…まあ、アイツにとっちゃそんなの関係ないんだろうが。
「さて…と。俺も行かないとな」
やはり商店街に行くのがいいだろうな。
結局目的地は一緒になる。
それでも俺は一人で行くべきだと思う。
それが何故かは分からない。
まあ、それらしい店の周りを避ければ祐一たちと鉢合うこともないだろう。
あいつらの邪魔はしないようにしないとな。


第10話 揺れる思い
さて、商店街に来たのはいいのだが・・・
「・・・お前らなぁ・・・ここに何しに来たのかわかってんのか?」
「うぐぅ〜このたい焼き、おいしいよ〜」
あゆは屋台のたい焼き屋でたい焼きを買い・・・
「おいしいわね〜やっぱり、イチゴ味よね〜」
香里はクレープ屋でクレープを買い・・・
「おいしいです。祐一さん」
栞はおかし屋でアイスクリームを買い・・・
「うぬぬ・・・わたしは何を食べようかなぁ〜・・・」
佳乃は食べ物の事を考えている・・・いや、考えてもいいんだが・・・それがプレゼント用ならば・・・でも違うだろ?プレゼント用じゃないだろ?
「まったく・・・」
俺は、大きく溜息をついた。
「まあまあ、相沢君も何か食べたら?腹が減っては戦はできないって言うでしょ?」
「お前は戦に行くのか?」
「それはたとえでしょ?」
呆れたといった感じで俺を見る香里。
確かに腹は減っている・・・
ポケットから腕時計を取り出して見る。
・・・2時30分
昼前に学食で食事をしたのだが・・・さすがにお腹が空く。
「う〜ん・・・じゃあ、俺も何か食べるかな」
「それじゃあ〜あそこで食べようよぉ〜」
佳乃の指差す先は・・・百花屋・・・
「ちょ、ちょっと待て佳乃!」
「わーい!」
俺の言葉も聞かずに、佳乃は一人、百花屋へ向かって駆けて行く。
「名雪が来たらどうするんだ?」
百花屋は名雪の大好物のイチゴサンデーがある店だ。
よって、名雪がここへ来る確率は非常に高い。
北川がうまく、商店街に名雪を来させないようにしているとはいえ・・・危険だ。
「あんまり深く考えない方がいいわよ」
香里が笑いながら百花屋へ向かう。
他のみんなも、それに続く。
「まあ、大丈夫か・・・」
俺もその後を追った。
だが、甘かった・・・実に甘かった・・・

食事を終えた時だった。
カラン、カランとドアベルの音が鳴り、お客が入ってくる。
無意識にその方向に視線がゆく・・・
視線の先には見知った二人がいた。
「やっぱり、ここのイチゴサンデー食べなきゃね」
「いや〜・・・まいったな・・・」
ニコニコ顔の名雪と困り顔の北川。
「まずいわね・・・これは」
名雪に気づいた香里が真顔で言う。
「そんなことないよ、お姉ちゃん」
「し、栞・・・」
俺と香里の声がハモる。
栞は幸せそうにバニラアイスを頬張っていた。
「と、とにかく、ここは名雪にバレないように、そっと抜け出すんだ」
だが、その言葉も空しく、佳乃に打ち破られた。
「あっ、名雪ちゃんだぁ〜。名雪ちゃ〜ん!一緒に食べようよぉ〜」
「ば、馬鹿!名雪には秘密だって言っただろ?」
「そういえば、そうだったねぇ〜」
口元に手をあて、慌てる佳乃。
もう遅かった。
佳乃の声に名雪がやって来る。その背後で両手を併せて謝る北川。
「あれ?みんなで何やってるの?」
・・・・・・・・・・・・
全員が沈黙する。
そして、俺はみんなに、この危機を脱するための作戦を耳打ちした後・・・叫んだ。
「全員逃げろ!」
その声と共に全員一斉に逃げ出す。
作戦はただ逃げる・・・それだけだった。
「え?え?なに?なに?・・・」
突然のことに慌てふためく名雪。
俺は領収書を素早く北川に手渡し、さらに叫んだ。
「あゆは逃走のプロだ!全員あゆに続け!」
「ラジャー!」
「うぐぅ〜ボク、逃走のプロなんかじゃないよ〜」
ドアを出る時だった。
「なんだ!!!この金額は!!!」
北川の叫びが聞こえたが、すべて任せることにした。
確か、金額は万単位だったはず・・・がんばって払ってくれ・・・
俺達は辛くも難を脱することに成功した。

「さあ、十分腹ごしらえはしたから、今度は名雪の誕生日プレゼントを買うぞ」
「そうね。ところで相沢君はもう買う物決めてるの?」
「まあな。そういう香里はどうなんだ?」
「わたしも決めてるわよ。ちなみに腕時計をプレゼントするつもりよ」
「俺は予算的に厳しいからリボンをプレゼントすることにした」
「相沢君にしてはいいアイデアじゃない」
「『にしては』は余計だ」
「ボクはね〜・・・」
「あゆには訊いてない」
「うぐぅ〜ひどいよ〜」
「冗談だ。で?あゆは何をプレゼントするんだ?」
「たい焼きだよ〜」
・・・・・・・・・
「栞と佳乃は何をプレゼントするんだ?」
「うぐぅ〜祐一君!無視しないでよ〜」
「たい焼きか・・・まあ、いいんじゃないか?名雪なら何をプレゼントしても喜ぶだろう」
「ただのたい焼きじゃなくて、手作りなんだよ」
「・・・て、手作り・・・却下!」
「え〜!?なんで!?」
「あぶないから」
「うぐぅ〜心配してくれてるんだね、祐一君」
「・・・名雪が危険だ」
「うぐぅ〜それどういう意味!?」
「・・・いや、気にするな」
「気にするよ!」
「胃薬も買っておけ。必須だぞ」
「うぐぅ〜、祐一君!」
涙目になっている・・・そろそろまずいか・・・
「すまん、あゆ。冗談だ」
「うぐぅ〜」
まだそっぽを向いている。
それなら・・・
「あゆ、後でたい焼き買ってやるから」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
現金なヤツだな・・・あゆは・・・
あゆの機嫌が直ったところで、改めて栞と佳乃に質問する。
「栞と佳乃は何をプレゼントするんだ?」
「わたしはねぇ〜、バンダナをプレゼントするんだよぉ〜」
「バンダナか・・・いいんじゃないか」
「それをつけると、魔法が使えるんだよぉ〜」
元気はつらつの佳乃の言葉に、全員が疑問符を浮かべる。
魔法?バンダナで?
「何で魔法が使えるんだ?」
「それは、秘密だよぉ〜」
口元に手をあて、何故か頬を染める佳乃。
一体、どんな秘密があるのだろうか・・・
「わたしはですね・・・」
「栞には訊いてない」
「手作りアイスクリームをプレゼントするんですよ」
「・・・・・・やるな・・・栞・・・」
「もう、なれました」
あゆの時のようにちょっといじわるをしたのだが・・・軽くかわされてしまった。
「っていうか・・・祐一君、おもいっきり訊いてたじゃない・・・『栞と佳乃は何をプレゼントするんだ?』って・・・」
俺に向かって呆れたといった感じで言う香里。
今度は、栞の方を向いて、
「『もう、なれました』って・・・祐一君になれたらだめよ、栞」
「・・・それはどういう意味だ?香里」
「・・・気にしない、気にしない」
「うぐぅ〜、気にするぞ!」
・・・・・・・・・・・・
暫しの沈黙。
「コラ!みんな俺を無視して行くな!」
こうして、日が暮れる前にそれぞれ買い物を済ませ、帰宅の途についた。

「ただいま」
キッチンで夕飯の仕度をしている秋子さんに挨拶をする。
「おかえりなさい」
秋子さんは一体何をプレゼントするんだろう?
ふと気になり訊いてみて、俺は後悔した。
「ふふふ・・・新作のジャムをプレゼントしようと思っているの」
「ジャ、ジャムですか・・・」
秋子さんお手製のジャムは独特の味で凡人には理解できない。
かといって、まずいとは言えない・・・往人は堂々と言ってのけたが・・・
何を作っても上手な秋子さんだが・・・ジャムだけは・・・
「・・・名雪、きっと大喜びですね」
「そうだといいけど」
左手を頬にあて、微笑む秋子さん。
「・・・さよなら・・・名雪・・・」
俺は、沈みゆく夕日にポツリと呟いた。
夕飯までは自分の部屋で、今日買ったプレゼント2つを交互に眺めていた。
しばらくして・・・
名雪に呼ばれてダイニングに行くと、なぜか霧島姉妹がいた。
「何やってんだ?ここで・・・」
「夕飯をご馳走になりに来たんだ」
この人には『遠慮』という言葉がないのだろうか・・・
堂々と言ってのける聖さんに呆れた。
「今日はピリピリ、カラカラ、デリシャスカレーライスなんだよぉ〜」
「そうか・・・それは美味そうだ・・・」
秋子さんの料理は絶品だ。だが、佳乃に言われると・・・何故か危険な料理に思える
・・・そんなことを思っていると、カレーの芳香におもわず俺の腹が鳴った。
ぐう〜・・・
「あら、あら。すぐに用意しますね」
そう言うと秋子さんはキッチンへと入っていった。
恥ずかしい・・・実に恥ずかしい・・・
「ぐ〜、ぐ〜、ぐ〜祐一君のお腹がなったねぇ〜」
「いや、3回も鳴ってないぞ」
「いや、3回鳴った」
聖さんの手中のメスがキラリと光る。
「はい・・・3回鳴りました・・・」
聖さんにとって、佳乃の意見は絶対だ。
つまり、1+1=2だが、佳乃が1+1=3と答えれば答えは3なのである。
恐るべし・・・シスコン・・・
「ん?何か言ったかな?相沢君」
「い、いや・・・何も・・・」
恐い・・・恐すぎる・・・
そんなやりとりをしている間に、食事の用意がととのった。
だが、全員で食事をとろうとしたところで、名雪が待ったをかけた。
「あれ?往人さんは?」
その言葉に全員が辺りを見まわす。
いない・・・確かにいない・・・
「どうせ、お金が稼げなくて帰るに帰れないでいるのよ」
言ってはいけないことを、堂々と言ってのける真琴。
「ば、馬鹿。そういうことを言うんじゃない」
「そういう言葉は、笑い顔で言っても説得力がないぞ。相沢君」
「そういう、聖さんだって・・・」
俺と聖さんは笑いを必死で噛み殺した。
「ひどいよ!二人とも」
「すまん、名雪」
「少し言い過ぎたな、すまない名雪ちゃん」
真剣な表情で言う名雪に俺達は謝った。
名雪の機嫌が直ったところで、往人を待たずに、全員先に夕飯を済ませた。
夕飯が済むと名雪がコートを着てリビングに現れた。
「わたし、往人さん捜してくるね」
それだけ言い残して、名雪は家を出ていった。
「名雪ちゃんって、往人くんのことが好きなのかなぁ〜」
佳乃の言った言葉に、俺は何も言わなかった。
どうなんだろうか・・・実際・・・
そうなんだろうか・・・名雪は往人を・・・
往人が来てからまだほんの数日しかたっていない。
だが、名雪の往人を見る目は・・・
今まで、何度も頭に浮かんでは考えないようにしようと思ってきたこと。
胸が痛い・・・
しかし、名雪が変わったように、俺自身も何か変わってきていた。
それは、この隣で温かな微笑みを湛える少女に出会ってからだった。
「ん?どうかしたかなぁ〜?祐一君」
「・・・いや、何でもない」
俺は佳乃に向けて微笑んだ。
数十分後、名雪から往人が見つかったという電話がかかってきた。
二人は公園にいるということだった。
「見つかったんならさっさと帰って来い」
「う〜ん・・・でもね、往人さんがお金稼げるまで帰らないって言うから・・・」
「お金稼ぐって言ったって、こんな時間じゃ無理だろ?」
「う〜ん・・・でも・・・わたし、往人さんと一緒にいるね。お母さんにもそう伝えておいて」
「ちょ、ちょっと待て・・・」
言う前に、一方的に電話を切られてしまった。
まったく・・・
結局、名雪と往人は次の日まで帰ってこなかった。


第10羽 雪の少女
公園の時計はすでに午後8時を指している。
そろそろ子供どころか大人すらいなくなる時間である。
しかし俺の稼ぎは…。
1500円。
昨日、一昨日よりは戦果があったが…。
「はぁ…」
目標金額の5000円には程遠い。
まだ明日も時間があるとはいえ、単純計算で半額は稼がないと話にならない。
なんとか子供のいる場所を探さなくては…。
やはりもう一度商店街に戻るのが妥当だろうな。
塾帰りの子供とかがいるかもしれない。
ふと、秋子さんに連絡を入れなければと思い立つが、電話番号がわからない。
一度帰るというテもあるが名雪に会うことになるのはマズイだろう。
せっかく祐一たちが隠しているんだから。
「…まあ、いいか」
どうせもともと他人だし。
たいした問題ではないだろう。

「あ、往人さん見つけた」
とりあえず商店街に戻ろうとした時、名雪が俺の前に現れた。
「ご飯の時間になっても帰ってこないから心配で探しに来たんだよ。往人さんがご飯の時間にいないなんて信じられなかったし、なにかあったのかな…って」
「…俺はそんなに欲張りじゃないぞ」
「そうかな」
微笑みながら言う。
「せっかく探しに来て貰って悪いんだが、帰れ」
「うん。一緒に帰ろう。ご飯できてるから。私達は食べちゃったけど、往人さんの分たくさん残してあるよ」
「いや、そうじゃなくてだな。一人で帰ってくれ。俺はまだ金を稼がないといけないからな」
「………私のため?」
背を向けて立ち去ろうとした俺にかけられたその言葉に動きが止まる。
「…………」
コイツ…気付いてたのか…。
「やっぱりそうなんだ…」
俺の沈黙を答えと受け取ったのか、そう呟く。
「昼間、百花屋で祐一たちに会った時になんとなく気付いたんだよ」
「なんだよ。結局あいつら見つかったのか」
「うん」
これで相沢祐一プレゼンツ『超天然ポケポケ娘びっくりさせよう大作戦』は失敗に終わった訳だ。
「往人さん、もしかしてすっごく失礼なこと考えてる?」
「イヤ、ゼンゼンソンナコトハナイゾ」
「しゃべりがカタカナだよ…」
どうやら見抜かれてしまったらしい。
秋子さんといい名雪といい、人の心を読むようなフシがある。
「まあ、ばれてるんなら隠してもしょうがないよな」
俺は観念して事の顛末を白状する。
「だけどな、祐一たちには気付かなかったフリしとけよ。お前のために計画してるんだから」
「うん。でも祐一の考えそうなことだよね」
言い方は悪びれているが、その表情はすごく嬉しそうな笑顔である。
それこそ名雪にそういった感情を抱いていない俺ですら嫉妬を感じるくらいに。
「まあ、そういうワケだ。お前は帰れ。俺もその企画に乗ってるんだからな」
「そういうワケにもいかないよ。私のために往人さんに迷惑かけてるんだから」
「大丈夫だ。好きでやってることだしな。それに俺はお前のプレゼント買う金を稼いでるんだ。お前がいたら俺のしている事の意味がなくなるだろうが」
「う〜ん。でもほっとけないし…。往人さん、まだこの街のことよく知らないだろうし…」
「…意外と強情なヤツだな、お前」
「祐一に影響されたんだよ、きっと」
名雪が引く気を見せないので俺は観念する。
「分かったよ。ただし秋子さん…」
そこまで言ったところで俺は言おうとした言葉を変える。
「…祐一に連絡しとけよ。心配してるだろうしな」
「うん、分かったよ。じゃあ、ちょっと待ってて。そこで電話してくるから」
そう言って駆け出してゆく。
その後ろ姿を目で追いながら考える。
…俺とは違う世界の住人だな…。
いや…、違うな…。
理論的に言えば俺のほうが普通と違う世界に生きてるんだろう…。
だが…俺にとっては名雪たちのほうが違う世界の住人なのだ。
そうでなければ俺のしていることは全て否定されてしまう。
俺は俺のしていることに信念を持っている。
だから…。
俺は間違っていない。
俺は…必ずあの少女を…。
今も空に囚われている少女を…助け出してみせる。
そして…。
「どうしたの?往人さん。難しい顔して…」
気付くとすでに名雪が戻ってきていた。
「いや、なんでもない。じゃあ、とりあえず商店街に行くぞ。うまくいけば塾帰りの子供がいるだろうからな」
「そうだね。それにお腹空いてるんだよね?」
「…見抜くな…」
「うん。…じゃあ、出発。がんばろうね、往人さん」
「ああ。任しとけ。あっという間に稼いで家に帰れるからな」

こうして俺と名雪は商店街へと向かった。
しかし、ここで俺は重大なミスを犯していたということに気付いていなかった。

途中のコンビニで軽く腹ごしらえをして臨戦態勢を整える。
その後、うまいこと塾帰りの子供と親を引っ掛けてかなり稼ぐことに成功した。
その合計金額。
…しめて5500円。
たかが大道芸に支払う金額でも張り合うとは…。
恐るべし、お受験戦争…。
子供と関係ないことで親が張り合っても意味ないのにな。
まあ、そのおかげで金になったんだからありがたいものだ。
そして本日の収益は7000円。
目標金額を2000円も上回った。
『往人さんが頑張ったからだよ』
と、名雪は言った。
しかし本当のところは名雪のフォローがあったからだ。
名雪の助けを借りている時点ではっきり言って意味がないような気がするが、まあ、なんにせよノルマ達成には変わりないのだ。
そして今までのお礼も兼ねて飯でも食おうとファミレスに入った。
それがいけなかったのだ。

「だあぁっ!寝るなっ!!」
「うにゅう。起きてるよぉ〜…」
「寝てるだろうがっ!」
…そうだった。
名雪はすぐ寝ちまうんだった。
店内の時計をみるとすでに12時を回っている。
『名雪は10時には間違いなく寝ている』
とは祐一に聞いた話だ。
つまりすでに2時間以上もタイムオーバーしているのである。
「おぶってくしかないのか…」
まあ、仕方ないよな…。
俺に付き合ったせいなんだから。
例えそれが名雪の意思だったにせよ。

外に出ると雪が降っていた。
「急いで帰らないとな…」
名雪が風邪をひく危険性がある。
せっかくの誕生日を風邪で迎えることもないだろう。
俺は急いで水瀬家へと向かった。

「ただいま」
すでに静まり返っている水瀬家の玄関を開ける。
なぜ、静まり返っている家の玄関がこうも簡単に開くのか。
その答えを俺は知っている。
「やっぱり起きてたな」
「…当たり前だろ」
リビングに行くと祐一がただ一人、待っていた。
人の話し声も…テレビの音声すらも聞こえないリビングは普段とは異質な雰囲気を醸し出している。
俺の知っているいつもの喧騒に包まれた場所ではなかった。
ただヒーターから発せられる僅かな風の音のみが耳に届く。
自然の音とは違うが、この閑散としたリビングでは本物の風の音のようにも聞こえる。
…それはあたかも自分が大空にいるかのような錯覚に陥らせる。
「部屋に連れてってやれ。俺ももう寝る。お前ならどうにかできるだろ?」
「ああ…。せっかくの誕生日を風邪で迎えることもないしな」
さっき俺が考えたことと同じことを言う。
それがなんとなくおかしかった。
「また明日な、祐一」
「ああ、おやすみ」
祐一は名雪をおぶってリビングから出て行った。
そして階段を昇っていく音。

今日の行動は自分が思うより体の負担になっていたのだろうか。
俺はすぐに眠りにつくことができた。
ただ一つ、何かを忘れているような気がしたが俺にはもう考える余裕はなかった。


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