Kanon・AIRリレー小説第3集
やっとこさチラチラとAIRキャラが登場してきます。
その方法が強引なんですが…。
まあ、その辺はもともとこの企画自体が無謀だったということで笑って見逃してください。
…って、またそのパターンかい!

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第7話 危険な香り
「ぐはっ、・・・は、はぐれた・・・」
映画を見終わり、辺りをぶらぶらする。
「あゆのせいだぞ」
「うぐぅ〜、祐一君が寝たまま、全然起きないからだよ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに・・・起きたときには既に映画は終わり、館内には俺達2人だけだった。
「何で起こさなかったんだ?」
「起こしたのに、起きなかったんだよ!」
ぐはっ、そうだった。
「・・・う〜ん・・・まずいな〜・・・」
「そんなことないよ〜!」
「ん?・・・お、おまえ・・・何やってんだ?」
あゆはのん気に、たい焼きを食べていた。
「うぐぅ〜、やっぱり、たい焼きは美味しいよ〜!」
あゆは、『うぐぅ』を連発しながら、たい焼きを頬張り続けた。
「うぐぅ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「うぐぅ、うぐぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
びしっ!
俺は舞直伝の舞チョップをあゆにくらわした。
「うぐぅ〜、痛いよ、祐一君」
「静かに食べられないのか」
「だって、美味しいんだもん」
「確かに、美味いけど・・・」
「うぐぅ〜、美味しいよ〜」
再び『うぐぅ』を連発しながら、たい焼きを食べるあゆ。
すでに、当初の目的をすっかり忘れていた。
その結果、俺はたい焼き3匹、あゆにいたっては7匹目に突入である。
甘いものは別腹とは言うが・・・食い過ぎだろ・・・これは・・・
「あゆ・・・まだ食べるのか?」
「?・・・まだまだ食べるよ」
あっけらかんとした表情で、8匹目に突入。
こいつの胃袋は宇宙か?
なんだか胸焼けがしてきた。
自動販売機でホットコーヒーを買って飲む。
くう〜、美味いぜ!
そして、澄み渡った青空に向かってはあ〜、と息を吐いてみる。
ぴこっ
「ん?何だ?」
またもやはあ〜、を邪魔された。
周りには何もいない・・・
気のせいか・・・
再び空に向かってはあ〜、をする。
ぴこぴこっ
ぐあっ、またまたはあ〜、が邪魔された。
周りを見るがやはり何もいない。
奇怪だ・・・実に奇怪だ・・・俺の周りで何かが起ころうとしている・・・
「はい、君にもあげるよ」
そう言うと、あゆは何かに向かって、たい焼きを差し出していた。
よく見ると、白くて、丸い物体。
そうとしか表現できなかった。
俺は恐る恐るあゆに訊いてみる。
「お、おい、あゆ。おまえ何やってんだ?何だ?その白くて、丸い物体は・・・」
「え?う〜ん・・・よくわかんないけど・・・たぶん犬だよ」
「い、犬?」
ま、マジか?犬なのか?これは・・・
ぴこっぴこぴこっ
まるで、そうだと言っているようだ・・・なんとなくだが・・・
「よし、今日からおまえはピコ丸だ」
「え〜、そんなのかわいくないよ〜。やっぱり、ピーちゃんだよ」
「気に入らん。やっぱり、ピコピコハンマーだろ」
「だめだよ!」
名案だと思ったのだが・・・
「じゃあ、ポテ丸」
「う〜ん・・・ポテトは?」
「ポテトか・・・まあ、いいだろう」
ずっと俺達のやりとりを見ていたポテトは、決定した名前に喜んでいるようだ・・・
「ど、どうしたんだろ・・・ポテト・・・」
あゆが顔を引きつらせる。
そして、俺も同じように顔を引きつらせる。
目の前の光景。
「せ、戦慄のダンス・・・」
ポテトは両前足を上げて、後ろ足だけで立ち、踊っていた。
普通の犬がやればかわいいだろう。
しかし・・・
「うぐぅ〜、祐一君・・・」
あゆが泣き出しそうだ。
俺は、たい焼きを1匹、ポテトの口に入れて、助走をつける。
たい焼きは、せんべつ代りだ。
「いっけーーーーー!!!」
ポテトに駆け寄り、思いっきり蹴り上げる。
どごっ!
ぴこ〜〜〜ーーーーーーーーー!!!
ポテトは遥か彼方へと飛んでいった。
「・・・きっと誰かが拾ってくれるだろう・・・たぶん・・・」
「誰かに当たったら危ないよ」
「・・・・・・もう遅いだろ」
ポテトが消えていった方向の空に向かって、俺はぽつりと呟いた。


第7羽
牛丼屋を出た後、俺は予定通り名雪の案内で街を歩くことにした。
なぜか舞と佐祐理も一緒に来ることになったのは予定外であったが。
しかしこの舞という女、余裕で牛丼5杯を平らげた。
「牛丼はかなり嫌いじゃないから…」
ということなのだが、それにしてもこの量は尋常じゃない。
「ところで名雪さん、今日は祐一さんとは一緒じゃないんですか?」
歩きながらの話題は祐一のことになっていた。
「うん。祐一は今日はお留守番。今日は往人さんに街を案内してあげようと思って」
やはり名雪は祐一とあゆがつけてたことを知らないようだ。
最も今はいないようだが。
どうせ映画館のなかで爆睡しているのだろうが。
「そうなんですか」
「でも、祐一ならさっき見かけた…」
「えっ?舞、本当なの?どこで見たの?」
「…映画館の前の植え込み」
「植え込み…?」
名雪と佐祐理は顔を見合わせる。
その意味が理解できないらしい。
事情のわかっている俺だけが笑いを堪えている。
つけてきてるのは知ってたがそんなトコに隠れてたのか。
植え込みってマンガか、アイツは。

「ぴこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ぼこっ!
「う…」
笑いを堪えていると後ろを歩いていた舞が俺に向かって突っ伏してきた。
「ぐあっ」
それに押された俺は地面に前のめりに倒れる。
結果として俺は舞の下敷きになる。
「わっ、舞どうしたの?」
それを見て佐祐理が舞に駆け寄る。
「何かが私に当たった…」
「そうか、それは災難だったな」
俺の上に乗ったままでいる舞にそう言ってやる。
「………すまない。助かった」
「分かったから早くどいてくれ」
地面が非常に冷たい。
「往人さん、大丈夫?ケガとかしてない?」
「ん?平気だ」
「でも血が出てますよ」
佐祐理が俺の右手を差して言う。
「これくらいならほっといても大丈夫だ。…って、オイ」
舞が俺の右手を持って何かを考えている。
「私が治す…」
「治す、って…。お前は医者か?」
「…違うと思う」
一瞬考えた後、そう答えた。
「そらそうだろうな。大丈夫だから気にするな」
俺は舞から右手を離す。
が、その手はがっちりと掴まれ、離すことができない。
「…治す」
「かぁっ、分かったよ。煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」
「…………。…別に食べたりはしないから」
「分かってるよ…」
どうもこの女のペースは疲れる。
「で、どうするつもりなんだ」
俺の手に自分の手をかざしている舞に声をかけてみるが、
舞は完全に集中しきってるためか、俺の声がとどいていないようだ。
「往人さん。舞を信じてじっとしていてくださいませんか?」
その舞の代わりに佐祐理が答える。
「分かったよ」
その言葉通り静かにしていることにする。
すると右手が熱くなるような感覚が沸いてくる。
それから数秒のうちに手の傷は完全に塞がっていた。
「…………」
「…もう、動いてもいい」
舞の言葉でようやく我に返る。
「お前、何をしたんだ」
「…傷を治した」
「それは分かってる。どうしてそんな事ができるんだと訊いてるんだ」
「それは私にもわからない…」
「祐一さんのおかげなんだよねーっ」
佐祐理が話に入ってくる。
「………」
こくり、と頷く。
…祐一のおかげ?一体どういうことだ?
「…でも…私はこの力が好き…」
力…。
ちから、か…。
「わっ、この子すごくかわいいよ〜」
背後から聞こえた名雪の声で俺の思考は中断される。
「…どうした、名雪」
名雪が植え込みのあたりでこちらに背中を向けてしゃがみこんでいる。
どうやら何かを見つけたらしい。
「あのね、この子がさっき舞さんにぶつかったみたいなの」
そう言って「この子」をこちらに見せる。
「ぴっこり」
その「この子」はとても生物とは思えない音を発している。
そしてその奇怪な音を俺は前にも聞いたことがある。
「………奇遇だな。こんなところで会うとは」
「ぴこぴこぴこっ」
俺はその顔なじみと再会の挨拶を交わす。
「往人さん…。この子のこと知ってるの?」
「まあ、な。以前立ち寄った町で会ったんだ。でもなんでこんなところにいるんだろうな」
「ぴこぴこぴこっ」
「なに、そんなことがあったのか!そら大冒険だったな」
「ぴこ〜」
「ふえぇ、往人さんはこの子の言葉が分かるんですか?」
佐祐理が感嘆の声をあげる。
「そんなわけないだろ。適当だ」
「そうですよねー」
ポテトの言葉が理解できるのは佳乃だけだろう。
………佳乃?
「もしかして佳乃と聖もいるのか?」
「ぴっこり」
「やっぱりいるのか…。で、どこにいるんだ?」
「ぴこ〜」
力なく俯く。
「往人さん、やっぱりこの子と話してない?」
名雪が疑問を口にする。
「…………。そんなハズはない。…と思う」
…だんだん自信がなくなってきた。
もしかして俺も奇怪生物の仲間なんだろうか?
「そう?犬と会話できたらスゴイのに…」
「…そんなの適当に決まってるじゃないか。はははは…」
「なんかすごく怪しいよ…」
「まあ、それはいいとして、だ。多分、はぐれたんだろうな。それで飼主を探しているうちに迷ったんだ」
「迷子…?」
「だな。…名雪、コイツお前ん家連れてっていいか?ほっとくのもマズイしな」
「うん、もちろんだよ」
「悪いな」
「大丈夫だよ。あんなにかわいいんだから」
…実際そう思える人間はそうはいないと思うがここは黙っておこう。
「じゃあ街案内の続きをしてくれるか」
「うん。舞さん達も行くよね?」
「…………」
ポテトを抱かかえたままで舞が頷く。
「あっ、でも舞、もう時間ないから行かないと」
「なにか用事があるの?」
「はい。アルバイトに行かないといけないので」
「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れだね」
「はい。また一緒に遊びましょうねー」
「………」
舞と佐祐理は手を振って帰っていった。
「じゃあ、行こ。往人さん、他に見たいとこってある?」
「そうだな…。まずは公園だな」
公園は一番子供の集まるところだから押さえておかなくてはならない。
「ぴこぴこぴこっ」
「うん、じゃあ出発」
俺と名雪は公園に向けて歩き出す。
「ぴこっぴこっぴこっ」
その後ろから奇怪な音を立てて謎の生命体ポテトがついてきていた。


第8話 続、危険な香り
ふう〜・・・やれやれ・・・
結局、名雪と往人は見つけることが出来なかった。
「・・・名雪さん大丈夫かな・・・」
「・・・大丈夫だろ・・・」
そうは言いつつも、内心かなり動揺していた。
俺とあゆは商店街を抜けて、帰路に着こうとしていた。
そんな時だった。
「ねえ、祐一君・・・あの人達どうしたんだろ?」
あゆの指差す先。
辺りをきょろきょろと見まわす二人。
田舎者丸出しである。
「放っておこう。関わるとろくでもない状態になりそうだ」
しかし、時既に遅し。
学生服を着た青色の髪の少女が、冷たい雪を一瞬で溶かしてしまうかのような温かな笑顔を湛えながら、こっちに向かって走って来た。
その笑顔に、俺は逃げることが出来なかった。
「うぐぅ・・・祐一君!鼻の下が伸びてる・・・」
「そ、そんなことはないぞ・・・」
いかん、いかん・・・
少女は笑顔でこう言った。
「あの・・・この辺で、ふわふわもこもこの真っ白けっけを見ませんでしたぁ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
おそらく、あの珍妙な犬?のことだろう。
だが、関わり合うのは危険だと思った。
「・・・あゆ・・・行くぞ」
「・・・そ、そうだね・・・」
だが、逃げることは出来なかった。
しかも、事態はさらに危険度を増していた。
俺達の行く手を阻むもう一つの影が、白衣から素早くメスを4本取り出した。
「おい、お前ら。佳乃が訊いているのにその態度は何だ?」
「い、いや・・・きゅ、急用を思い出して・・・な、あゆ・・・」
「急用なんてあった?」
「ば、馬鹿・・・」
メスがキラリと鈍い光を放った。
「うっ・・・いや〜・・・あははははっ・・・で、用件は何でしたっけ・・・佳乃さん」
佳乃は驚いた様子で俺を見た。
「え〜!?なんで私の名前知ってるのぉ?ひょっとして、君って怪奇現象発掘大辞典1号さんなのかなぁ〜?」
な、なんだ?それは・・・
「・・・・・・・・・・・・」
「ん?何だ?おもしろくなかったか?」
白衣の女性がメスをきらめかせる。
「い、いや〜・・・佳乃さんは面白いな・・・わはははは・・・」
もう、やけくそだ。
「ねえ、祐一君。この人変だね」
ば、馬鹿。あゆ、なんてことを・・・
「うぬぬ・・・いまいちだったか・・・」
佳乃は悩んでいた。
っていうかこんなことで悩むなよ。
「ところで、えーと・・・二人はここで何をしてたんですか?」
話を元に戻す。
そうしなければ、このまま深みにはまっていきそうで恐かった。
「ああ、実はだな・・・この辺で、ふわふわもこもこの真っ白けっけを見なかったか?」
「・・・・・・・・・あんたら真面目に訊く気あるのか?」
「ちょっとした冗談だ。この辺で、犬を見なかったか?実に珍しいのだが・・・」
「ポテトって言うんだよぉ〜」
「ポテト〜!?」
俺とあゆは顔を見合った。
なんと、自分達が付けてやった名前と同じだ。
同レベルということか?・・・いやだ・・・いやすぎる・・・
「ポテトって、さっき祐一君がおもいっきり蹴り・・・もがもが・・・」
慌ててあゆの口を両手で塞ぐ。
この二人があの珍妙な犬?の飼い主らしい。
もし、さっきのことがバレたら・・・メスで八つ裂きにされる・・・
「うぐあっ・・・」
「ど、どうした?祐一とやら・・・」
「い、いや・・・なんでもない・・・そういえば、あんたどうして俺の名を・・・ひょっとして・・・」
「さっき、あゆさん・・・でいいのか?この子が言ってたからな、『祐一君』と」
佳乃のように言わせてもらえなかった。
ちょっと言ってみたかったのに・・・
「ボクは月宮あゆ。あゆでいいよ。お姉さん」
「では、あゆと呼ばせてもらおう。私は霧島聖という」
「じゃあ、聖さんでいいかな?」
「ああ、それでいい」
「わたしは、霧島佳乃だよぉ〜」
ぐはっ・・・名前を知り合う仲になってしまった。
危険だ・・・実に危険な香りがする・・・
「じゃあ、俺達はこれで・・・」
「ちょっと待て。まだポテトのことを聞いていないぞ」
さり気なく退散を決め込んだつもりだったが・・・甘かった・・・
「ポテトならさっき、あっちの空に飛んでいきましたよ」
「ば、馬鹿!あゆ・・・」
ああ・・・さよなら現世・・・メスで八つ裂きだ・・・
「そうか・・・あっちに飛んでいったのか・・・困ったやつだ」
「へ?・・・」
な、何だ?
「時々、飛んで何処かに行っちゃうんだよねぇ〜」
「飛ぶのか!?ヤツは・・・」
「飛ぶわけなかろう」
真顔で言う聖さん。
「と、とにかく・・・ポテトなら向こうの方に行ったぞ」
「しかし、向こうの方ならさっき探したがいなかったぞ」
よく飛んだんだな・・・
「し、知らないぞ・・・後は自分達でがんばってくれ」
「うぬぬ・・・早くしないとカチンコチンのピッカピカでひんやり氷さんになっちゃうよぉ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
佳乃がかなり心配の表情を浮かべる。
だが、これ以上関わるのは危険極まりない。
「祐一君。一緒に探してあげようよ」
ば、馬鹿!あゆ、なんてことを・・・
「おお、そうか。それは有難いことだ。ぜひ一緒に探してくれ」
「それじゃあ〜、祐一君はポテト探索潜水艦3号さんで、あゆさんは4号さんねぇ〜」
・・・・・・・・・・・・だ、だれか・・・たすけてくれ・・・
「うぐぅ〜祐一君。ボク4号さんだよ〜」
「・・・・・・よかったな・・・」
あゆはうれしそうだった。

俺達は夕方近くまで探したが、結局ポテトは見つからなかった。
「仕方ない・・・あきらめて帰るとするか」と聖さんが腕を組みながら言う。
「うぬぬ・・・日本列島大爆発だよぉ〜」
・・・・・・・・・もういやだ・・・
霧島佳乃・・・恐るべし・・・
「すまなかったな、つきあわせてしまって」
「・・・いや、別に・・・」
ようやく開放される・・・うれしい・・・往人風で言えば、ひゃっほ〜う!である。
「でも、ホントにいいんですか?」
あゆが心配そうに言う。
「そのうち帰ってくるだろう」
「うぬぬ・・・ひんやり宅急便でご到着になるかも」
ならないだろう・・・たぶん。
「それじゃあな。佳乃、行くぞ」
「うん。今日はアツアツフウ〜フウ〜のうまうまおでんがいいなぁ〜」
「では、それにしよう」
暮れゆく夕日に向かって、歩いて行く二人。
その背中を見ながら安堵の溜息をつく。
だが、これで終わらなかった。
「あの〜。お二人はこの辺に住んでるんですか?」
あゆめ・・・余計なことを・・・
「ああ、今日こっちに越してきたんだ。前の町では、小さいながら診療所をやっていてな・・・」
「つぶれたのか?」
なんて命知らずな質問をしてるんだ?俺・・・
「ちがう!前の診療所は、新しい医師にまかせてあるんだ。こっちの診療所に知り合いがいてな、ぜひ来て欲しいと頼まれたから来たんだ。父の恩人だけに断りづらくてな、半年だけこっちで暮らすことになった。よろしくな」
「・・・ああ、よろしく・・・」
「どうした相沢君、顔色が悪いぞ」
「いや・・・大丈夫だ・・・」
・・・気が重い・・・恐怖の半年間になりそうだ・・・
「二人の家はこの近くなのぉ?」
佳乃がにこにこしながら訊いてくる。
「ボクの家はここから20分くらいのところにあるんだよ」
「俺の家は・・・というか水瀬家はここから10分くらいのところだ」
「水瀬家?相沢家ではないのか?」
「水瀬家に居候してるんだよ。両親は海外にいるんだ」
「へぇ〜初耳だねぇ〜お姉ちゃん」
「そうだな」
そりゃそうだろ・・・言ってなかったんだから・・・
「ここは一つ挨拶に行かねばな」
はあ?あいさつ?
「そうだね。祐一君の住んでる家、見てみたいなぁ〜。それで、あいさつ あいさつ ごっつんこしなきゃねぇ〜」
・・・したくない・・・
「よし。案内してくれ相沢君」
「マジか?」
「大マジだ」
「じゃ、じゃあ、祐一君。またね」
「こ、こら、あゆ!逃げるな」
あゆは全力で夕日を背に走って行った。
「・・・・・・さて、俺も帰るかな・・・」
「待て。私達も一緒に行くぞ」
「行くぞぉ〜!」
あ、悪夢だ・・・
「や、やっぱり・・・もう遅いから秋子さんに迷惑だ」
「了承」
「どわあぁーーーーー!!!び、びっくりした・・・」
一体いつからそこにいたのか、秋子さんがにこにこしながら立っていた。
「あ、秋子さん・・・どうしたんですか?こんなところで・・・」
「ちょっと、夕飯のお買い物に」
そう言いながら、食材でいっぱいになった買い物かごをちょっと上げて見せた。
今日の夕飯は何だろう?
「ところでこちらは?」
聖さんと佳乃を見ながら不思議そうに訊く秋子さん。
「ああ、こちらは霧島聖さんで、この子が妹の佳乃さんです」
そして、今度は秋子さんを紹介する。
「この人が俺の住んでる家の家主であられる水瀬秋子さんだ。頭が高い、ひかえよろ〜う」
「ははあぁ〜って、なぜそこまでする必要がある!」
だが、姉とは対照的に妹の方は嬉しそうである。
ツッコミは軽く受け流しておく。
「聖さんと佳乃は、今日ここを立つそうです」
「あら、そうなの。残念ね」
「違う!今日ここに越してきたばかりだ!」
「ほんとに残念です・・・あ〜残念、残念・・・」
「だから、違うというのに。それに全然残念そうには見えないぞ、相沢君」
「・・・気のせいです」
「ほんとは、こっちの診療所で働くことになったんだ。半年間なんだが、妹共々よろしく。秋子さん」
「こちらこそよろしく」
「それじゃ、秋子さん帰りましょうか」
「そうね。今日の夕飯はおでんですよ」
・・・・・・おでん?・・・
「わ〜い!アツアツフウフウのうまうまおでんだぁ〜」
「楽しみだ」
・・・・・・・・・・・・
「なぜついて来るんだ?二人とも・・・」
「さっき行くといっただろ?水瀬家に。もう忘れたのか?」
「挨拶は済んだだろ」
「いや、まだ家族はいるんだろ?」
ニヤリと笑みを浮かべる聖さん。
「娘の名雪がいます。それから真琴。あと、・・・・・・」
「いやいないぞ。他には断じていないぞ!」
「では、その子達にも挨拶をせねばな。それに、秋子さんの『了承』も得ているのだしな」
「・・・・・・・・・・・・」
負けた・・・秋子さんの『了承』は絶対だ・・・
「アツアツ〜♪うまうま〜♪・・・・・・」
佳乃のよくわからない歌を聞きながら、俺達4人は、水瀬家へと向かった。


第8羽
「と、いうわけでこの街開幕2連敗という名誉な記録が誕生した。喜べ、名雪」
もう、やけくそである。
この寒さの中意外にも子供が多かったので軽くひと稼ぎしようとした。
だが、それはいつも通りの無残な結果を残すだけとなった。
「…往人さん、もしかして泣いてる?」
「ぴこ〜」
心配そうに俺を見る名雪とポテト。
………。
「コイツのせいだ…」
「えっ?」
「この駄犬が人形のそばであんな踊りをするからいけないんだっ!!」
俺はポテトを引っ掴むとその頬を思いっきり引っ張った。
「わっ、往人さんが壊れたっ!」
「ぴ、ぴこ、ぴこ〜っ」
「んだと!?俺のせいだって言うのか?」
「往人さん、落ち着いて。ポテトは悪くないよ〜」
「そんなわけあるかっ。お前も見ただろ。あの踊りで子供が逃げていったのを」
「そ、そうかもしれないけど…」
やや赤くなって俯く。
「でもやっぱりポテトは悪くないと思うよ…」
「ぴこっ」
いつの間にかポテトは名雪の後ろに逃げ込んでいた。
そうこうしているうちに俺も冷静さを取り戻してくる。
「くそ、なんだって言うんだ…」
だいたいその街に着いて2日くらいは珍しさからか成功することが多いんだが…。
「運が悪かっただけだよ、きっと」
「だといいけどな」
「ぴっこり」
ポテトが後ろからある物を出そうとしているのが見える。
「…いい。いらない」
「ぴこ〜…」
それは案の定何かの骨だった。
「それではアイスなんかどうですか?」
「…もっといらない」
「あ、栞ちゃん」
名雪が急に会話に入ってきた栞という名の少女に話し掛ける。
「こんにちは、名雪さん」
「今日は香里はいないの?」
「はい、今日はひとりで散歩です。それより一緒にアイス食べませんか?」
噴水の向こうにいるアイスの屋台を指さして言う。
「いやだ…。俺、今日はもう帰る…。じゃあな、栞とやら」
俺はとっとと退散することにする。
マジで明日からの対策を考えねば…。
「あ、待ってよ〜。栞ちゃん、ごめんね、今日はもう帰るよ。またね」
「ぴこぴこっ」
「そうですか…。仕方ないですね」
「ほんとにごめんね」
「いえ、気にしてませんから」
そして公園にひとり残される栞。
「もしかして、私の出番はこれだけなんですか…?…そういう事する人、嫌いです」
それは誰に対する言葉だったのだろうか。
それだけを言うと栞も公園を後にした。

「ただいま〜」
名雪が玄関のドアを開ける。
それに続いて俺も家へと入っていく。
「…あれ、お客さんかな?」
名雪の言葉通り玄関には見慣れない靴(といっても俺にはよく分からないのだが)があった。
「なんか客の多い家だな、ここは…」
「そうだね。お母さん、賑やかなのが好きだから。それに次の日曜にはあゆちゃんが引越して来るんだよ」
「あゆが?なんで?」
「あゆちゃん、家族がいなくて一人暮らしなんだよ…。だからお母さんが家に来るように勧めたの」
「なるほどな。そら賑やかになるだろうな」
「うん、楽しみだよ」
二人(と一匹)でリビングのドアをくぐる。
「お母さん、ただいま。お客さん来てるの?」
名雪が秋子さんに帰宅の挨拶をするためにキッチンへと向かう。
俺はそれと反対にリビングへと向かう。
そして―――。
「か、佳乃っ!?それに聖も…」
「ふぇ?」
急に名前を呼ばれ一瞬驚きの顔を見せたものの、次の瞬間には笑顔に変わる。
「あ〜っ!往人くんだぁ。お姉ちゃん、往人くんだよぉ!」
「そのようだな。なんでキミがこんなところにいるんだ?」
「こんなところとはなんだ、秋子さんの家に向かって」
横から祐一が不満の声をあげる。
おそらくこの姉妹の傍若無人ぶりに疲れ果てているのだろう。
「いや、言葉のアヤだ。悪気はない。で、何故キミが水瀬家にいるんだ?」
「俺は今ここにお世話になってるんだよ。大道芸のおかげでな」
「ほぅ。あんな詐欺まがいの芸でか?」
「さぎ〜、さぎ〜」
「ぴこ〜、ぴこ〜」
謎のテンションを発揮している佳乃とポテトは無視することにする。
「ほっとけ。秋子さんの了承をもらっているんだ。それよりお前らこそなんでいるんだ?」
「いや、ちょっと都合でな。半年の間だけこちらで診療所を開くことになった」
「なったのだぁ!」
ふんぞり返って自慢する霧島姉妹。
「別に自慢じゃないだろ…。おおかたつぶれ…」
「なにか言ったか?国崎くん?」
聖が懐からメスを取り出して言う。
「いや、なんでもない。空耳だろ」
「そうか」
納得したのか、メスを戻す。
「まあ、そんなワケでしばらくこちらにいることになったからな」
「祐一君にポテト探し手伝ってもらったんだよぉ」
「そういうことだ。そのお礼も兼ねて挨拶でもしとこうと思ったわけだ」
「でも奇遇だねぇ。こんなところで往人くんと再会するなんて」
「そうだな。まあ、お前らとは因縁があるからな」
「おい、往人。話が見えないんだがお前ら知り合いなのか?」
祐一が小声で俺に話し掛けてくる。
「ああ。以前いた町で世話になったんだ」
「ならどうにかしてくれ。いい加減疲れた」
「気付いてるだろうがそれはムリだ。俺はメスで切り裂かれたくない」
「はぁ…」
「それより祐一。お前ら映画館の後はどうしたんだ?」
「…何のことだ?」
きわめて冷静に返したつもりなのだろうが明らかに動揺が見て取れる。
「いや、後ろのほうでお前とあゆの声が聞こえたからな」
「それは気のせいだろ」
「そうか?それに目撃証言もあるぞ?」
「…………」
眉がぴくっ、と動く。
「映画館の前の植え込みにいたそうじゃないか?」
「…!!」
恥かしそうに顔が赤くなる。
「なんでそんなところにいたのかな?祐一君〜?」
この際、思い切りからかってやる。
「いや、それはだな…」
「ったく、名雪が心配ならそう言えばいいだろ」
「…いや、別に心配とかじゃなくってだな。そう、あゆのやつがあの映画観たいって言うから…」
しどろもどろに言い訳を始める。
って、俺が言いたいのはその事じゃないだろ。
「そうだ。お前川澄舞という女を知ってるだろ?」
「ああ、舞がどうかしたのか?」
話題が変わったことに安心したのか、いつも通りの喋りに戻る。
「訊きたいのはアイツの能力についてだ。舞はあの“力”を祐一のおかげだと言った」
「…まぁ、そうだな」
「で、だ。アイツの能力というものについて訊きたい」
俺は母親の言葉を思い出していた。
確かに母は言っていた。
もともと法術とは人形を動かすだけではなかった、と。
ならば俺以外にもそんな能力を持った者がいてもおかしくはない。
たとえば…。
人の傷を治す力…。
「舞の力…か。難しいな」
考え込む祐一。
「二人とも難しい顔してどうしたの〜?」
今まで俺たち以外の人と話し込んでいた佳乃が会話にわりこんでくる。
「いや、なんでもない」
「往人くん、変だよ?」
「もともと俺は変なんだ。ほっとけ」
「ふ〜ん。それよりご飯できたって。食べよ」
「お前ら、挨拶だけでなく飯も食ってくのか?」
「ほぅ、いけないのか?」
聖がメスを突きつけて言う。
「それはしまえ。それに初めて来たのに普通そこまでしないだろ」
「キミだって同じようなものだろう。それに私達は半年とはいえ近所付き合いをするんだ。どこかの怪しい旅の大道芸人よりマシだと思うが?」
確かにそう言われてしまえば元も子もない。
「あきらめろ、往人。これについては秋子さんの了承が出ているんだ」
つまり、ここで佳乃達を追い返すことは俺も出て行かなくてはならないということになる。
なにせ俺自身もその了承に与ってここにいるんだから。
「仕方ないな…。飯にしようぜ」
結局なしくずし的に舞の話は訊けず終いだった。
…まあ、いつでも訊けるだろうし、いいか。
そしてまた騒がしい夕食の時間となった。
なかでもとりわけ騒がしいのはやはり佳乃。
まさかまたこうして佳乃たちと食卓を囲む日が来るとは思わなかった。
それはそれで悪い気はしなかった。

…………。
しかしどうしても気にかかる。
…舞の力。
…傷を癒す能力。
もう一度本人に会ってみるべきなのかもしれない。
…まあ、いい。
どうせしばらくは身動きはできないだろうしな。
時間はたっぷりある。


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